飯倉の外務省外交史料館

外苑東通りの飯倉と飯倉片町の間に建つ麻布台の「外務省 飯倉公館」。外務省主催の各種イベントや会議の場として使われる施設です。

大抵はなにか地味な会議やレセプションをやっているようですが、たまにアメリカの要人が出席するような会議があると、外苑東通りを挟んで向かい側にCNNなどのTVクルーが陣取っていたりします。

セキュリティの問題もあるので招待でもされなければ入構することはできません。
また一般向け見学会のようなものも開催されることはないみたいです。

しかし、この飯倉公館の左右は「外務省外交史料館」という、幕末以来の国の外交文書を保存している公文書館。

そしてこの飯倉外交史料館は一般にも開放されているのです。

▲この写真には ”土曜日休館” のように書かれていますが、実は元号が令和になってからだいたい隔週ですが土曜日も開館するようになったのです。

飯倉公館もこちらの外交史料館も昭和期の建築家 吉田五十八 の手によるもの。和を感じさせるデザインですね。

以前は平日の昼間しか公開していなくて、近所に20年以上も住んでいるのにこれまで入ったのは1回しかありませんでした。
でも今はほぼ隔週とはいえ土曜日の開館もあるので格段に訪れやすくなっています。
土曜日の開館日はこちらの外交史料館のホームページで確認してください。

一般展示を見学するのは予約不要。
こちらの資料館本館にブラっと入って受付で名前を記帳すればOKです。

もちろん駐車場はありませんから、神谷町か六本木あるいは六本木一丁目の駅から歩くことになります。
自転車は大丈夫です。上の写真の玄関右手に停められます。



外交史料館本館

本館の方は研究者などが史料を閲覧するための「閲覧室」と「展示室」です。
ただし閲覧室の方は土曜日だけ事前予約が必要です(平日は予約不要)

▲本館の「展示室」です。
えっと。。これだけです。

ただ展示スペースのガラスケースの向かいには、杉原千畝の顕彰プレートと関連史料の展示スペースが設けられています。

展示ケースの中の史料はもちろん原本ではありませんが、かなり貴重な史料が選び抜かれて展示されています。
これは日米和親条約。ペリー来航後の条約ですね。

▲パスポートの変遷。

幕末に発行されたパスポートには当然ながら顔写真はなく、その代わりに ”背は高い”、”目は小さい” とか書かれています。それでいいんだ。

杉原千畝関連史料

2000年に生誕100年を迎え、外務省からも正式に謝罪と名誉回復された杉原千畝氏の関連史料もかなり揃っています。

▲このようなヴィザ・リストや本国への報告公電などが展示されています。

▲これは実際にサインが書かれたヴィザ(の写真)。

日本を経由して英国へ向かえる通過ビザのようです。
発行地はもちろんカウナス。

飯倉公館と外交史料館別館

本館の展示はじっくり見学しても15分くらいでしょうか。

本館の係員の方いわく ”こっちの10倍は展示がありますからね!” という別館の方に向かいましょう。

▲歴史資料館を出たら飯倉片町の方へ歩きます。といっても敷地は同じですが、敷地内を通って移動はできません。

いったん外苑東通りに出て、飯倉公館の正門前を通って本館とは反対側へ。

ちなみに、このように公道から飯倉公館を撮影するのはOKです。
ただ外交史料館の敷地内から飯倉公館を撮影するのはNGだそうです。まぁセキュリティを考えたら当然ですね。

▲こちらは飯倉公館の通用門兼外交史料館別館の入り口。

▲2020年の2月から5月末まで「批准書の世界」という企画展示を行っています。
また休館日が 土・日曜日・祝日・年末年始 と書かれていますが前にも書いたように、令和になってからは臨時開館として土曜日も開館する日があります。

▲門扉はしまっていますが出入り口のドアは施錠されていません。
ここを開けて中に入ります。

向こうに東京タワーがいい感じに見えています。

また以前までは隣に麻布郵便局の渋い建物があったのですが、麻布台の再開発により取り壊されてしまいました。飯倉公館、麻布郵便局、ロシア大使館からノアビルと続いて良い雰囲気だったんですよねぇ。


外交史料館別館の内部。

敷地内に入って左側の建物が外交史料館別館になります。
本館や飯倉公館と同じく吉田五十八による設計です。

▲外交史料館別館の文字の下に「吉田茂 記念資料特別展示場」と見えますね。

こちらの別館には吉田茂元首相の遺品や関連資料が収蔵、展示されているのです。
もともと吉田茂の関連財団からの寄付で建てられたもののようです。

▲なのでロビーに入るとこうです。いきなりの吉田茂。
間違えて帰ってしまう人もいそうなので案内しておくと、展示室へはこのロビー左手の階段から2階へ上がってください。

▲ちなみにこれは大磯の旧吉田茂邸の内部。オリジナルは火事で消失していますのでその復元になります。
設計は吉田五十八。外交史料館の設計者と同じです。なんとなーく雰囲気が似ていますよね。

▲さらににこれは御殿場東山の岸信介邸。
これも設計は吉田五十八です。

▲これが本館2階の「展示室」の様子です。

壁面3面をぐるっとしている部分が常設展示、真ん中のケースが企画展示です。

ちなみに訪問したのは過去20年でも2回(+本館だけが1回)しかないのでサンプルとしては少ないですが、他の見学者を見かけたことはありません

今回は土曜日の訪問でしたが休日出勤のはずなのにスタッフの方がとっても親切で嬉しそうにしていたのが印象的です。

外交史料館別館の展示物

正直、歴史に興味がなくても楽しめます。
中学校の歴史の授業で学んだような史料の実物がばんばん展示されています。

これ、たぶん本気で展示されたら1日中見ても終わらないかもしれません。

▲これは日米修好通商条約。和親条約に続く貿易条約ですね。
で、これを結んだことでタウンゼント・ハリスは麻布十番の善福寺にアメリカ公使館を設置するわけです。

▲これは日露和親条約。
いわば今に続く北方領土問題の原点を含む条約です。

▲鹿鳴館時代の史料。
天長節(天皇誕生日。明治天皇なので11月3日)のパーティーのメニューとかバンドのセットリストなど。

注目は ”女性がダンスの相手を記したメモ帳”  というもの。
お互い携帯の番号を交換したとかそういう用途ではなく、絶対これは外交上の情報戦の用途ですね。中を読んでみたいです。
”A国の一等書記官は借金がある” とか ”B国の横浜領事は日本酒に目がない” といった極秘情報が書かれているんじゃないでしょうか。

▲日英同盟。

近代日本がブイブイいわせ始めた時期ですね。
今は英国のブレグジットに伴って日英同盟が・・・なんて話もあるようですが。

▲これは日独伊三国同盟の条約。
この一段階前には日独防共協定なんていうのもありました。

そろそろきな臭い時代です。日英同盟の文書はなんか事務的な契約書という感じですが、この文書はやけに権威主義的な感じで、つまりそういう国同士によるそういう同盟なんですね。

▲で、結果としてこうなりました。

▲サンフランシスコ講話条約。

右の巻紙は吉田茂の演説原稿です。
ちなみにサンフランシスコ条約が結ばれた ”サンフランシスコのオペラハウス” というのは今は War Memorical and Performing Arts Center と呼ばれていていますが、オペラハウス自体は今もサンフランシスコ市役所の裏手に建っています。

▲ サンフランシスコ講和条約と同時に署名された日米安保条約(旧安保)。

で、ここから続く70年は大きくはこの2つの条約による体制が続いているわけです。



批准書の世界

今回の企画展は「批准書の世界」。
条約が起案され交渉し署名して批准して発行となるという一連のプロセスを、実際の文書を例に説明してくれるなかなか勉強になる企画です。

今回はハワイ王国との条約を例に展示されていました。

▲明治天皇の御名御璽の左側に当時の右大臣三条実美の署名も見えます。

これが位階と姓氏(藤原朝臣)が書かれているのですが、もしかして今でも大臣になると位階と姓氏が与えられるんでしょうか?? 

1870年(明治3年)の批准書なのでハワイはハメハメハ王朝のまさに末期。かたや生まれ変わったばかりの日本。歴史が交差するところで交わされた条約ですね。

外務省 外交史料館の場所

飯倉片町の交差点を飯倉方面へ向かって直ぐです。
キャンティ」とは道路を挟んで反対側くらい。

飯倉の交差点からなら片町方面へ。
麻布台の再開発工事現場を過ぎた先です。

最寄り駅なら南北線の六本木一丁目駅。
そこから麻布通りを飯倉方面へ上り、片町で外苑東通りを左へ曲がればすぐです。DHCのビルの次の次。

平日はもちろん開館ですが土曜日もほぼ隔週で開館しています。行く前にホームページで確認することをおすすめします。

歴史好き、史料好きな方はもちろん、そうでない人でも楽しめる穴場スポットです。

外務省 外交史料館

港区 麻布台 1-5-3
休館日:土、日、祝、年末年始。ただし土曜日は隔週目安で臨時開館あり。
開館時間:10:00 – 17:30


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